閉塞性動脈硬化症(ASO)とは
加齢と共に動脈に変化が発生します。
動脈硬化症は最も多くみられる血管変性で病理学的には3つの病型があります。
① 粥状硬化症 ② 中膜硬化症 ③ 細動脈硬化症
粥状硬化症は血管内膜に発生する変性で一般に動脈硬化と言われる病態です。
動脈硬化が始まると血管の内膜は徐々に厚くなり内腔を狭くすると同時に内部にコレステロール塊が沈着し、粥腫が形成されます。動脈中膜の平滑筋層は萎縮し、内膜と共に線維化して内部に壊死が発生して石灰化を形成します。
この病気は主に下肢に発生し、下肢動脈の内腔を狭くし、血栓を沈着してついには閉塞します。閉塞するとその先は血行障害に陥り、痛みが出てついには足趾壊疽を発生します。
これは閉塞性動脈硬化症 (ASO)と言われ、高齢者や糖尿病患者などでみられる足趾壊疽はこれが原因です。
ASOでは3つの動脈閉塞の好発部位があります。
1.腸骨動脈(骨盤型閉塞)、2.大腿動脈(大腿型)、3.下腿型(膝下動脈)〈図1〉。
糖尿病の有無により病状は異なり、糖尿病がないASOは骨盤〜大腿型閉塞が多く、糖尿病のASOは下腿型が特徴です。
慢性経過で閉塞は徐々に進行し、Fontaine分類という症状病期分類に従って進行します〈図2〉。
F-1度、最初は無症状ですが、F-II度、初期症状は間欠性跛行(500m位歩くとふくらはぎが痛くなり、10分くらい立ち止まって休むと痛みがなくなって再び歩けるようになる)、この状態は徐々に進行して500mが100m以下になり、F-III度、安静時疼痛と言って、夜間横になると足趾に痛みを感じるようになり不眠になります。ついにはF-IV度となり、足趾に壊疽が出てきます。この段階では放置すると足全体が壊疽になり切断せざるを得なくなりますので、下肢を救済するため血行障害を改善させる治療が行われます。
閉塞部位が異なると血行障害に対する治療(血行再建法)が異なってきます。いずれもバイパス手術が選択されますが、1では人工血管によるバイパスが第一選択〈図3〉、3では患者さん自身の下肢の静脈を用いるバイパスが第一選択です〈図4〉。2では膝上までならば人工血管も使用できますが、静脈を用いるバイパスと比べ結果は良くありません。1では人工血管以外にカテーテル治療の成績も良好ですので近年は人工血管バイパスよりも多く用いられます。2に対するカテーテル治療成績は人工血管と同程度で良好とは言えませんが、短い狭窄病変ならば選択して良い方法です。
糖尿病のある閉塞性動脈硬化症(ASO)とは
閉塞性動脈硬化症(ASO)は糖尿病の有無により病像と重症度が違ってきます。
糖尿病のASOは足壊疽を発生しやすく、血行障害により感染が抑制できず
感染壊疽のかたちで壊疽は急速に拡大します〈図1〉。
そのため診療に先立ちまず第一に足の血行障害の有無と重症度の正確な診断が必要です。
その上で迅速に適切な治療が行なわれなければ大切断になります。
ASOという病気は、糖尿病のない人にも起こりますが、それはたちのよいASOで、糖尿病のあるASOは糖尿病の無いASOに比べて大切断になる可能性が5~20倍と言われています。糖尿病のASOの特徴を〈図1〉にまとめました。
血管移植手術では膝下から足部血管が石灰化〈石管になる〉するため手術は通常よりも難しくなりますが〈図2〉、不可能な例はありません。
血行障害が感染を悪化させ感染壊疽となって急速に拡大します〈図3〉。
一趾壊疽でも適切な治療が行われないまま経過すると感染により壊疽は進行します〈図4〉。
壊疽が拡大して広範壊疽となった場合には下肢救済に長期間の治療が必要になり、治療法も複雑になります。従ってできるだけ早期に適切な血管移植手術を行って確実に血行を改善させる必要があります〈図5〉。
糖尿病+維持透析例の閉塞性動脈硬化症(ASO)とは
糖尿病のASOは重症ですが(前述)、それに透析が加わると動脈石灰化が極めて細い動脈枝にまでおよび
微小血管病変も進行することから末梢循環障害が高度になり
足壊疽はさらに難治性で救済の難しい病状を発生します。
糖尿病のASOが重病なことは前述のとおりですが、最も治療が難しいのは、糖尿病で維持透析を受けている方のASOです。
動脈閉塞と石灰化が微小動脈にまでおよぶため〈図1〉、血行障害はさらに高度になり、加えて週3回の透析は血行障害を促進します。そのため感染と壊疽の進行が速く、下肢救済には適確、迅速な診断と治療が重要でわずかな見落としが救済の機会を失しなわせることになります。
血管移植手術が上手く行われて血行障害が改善しても、壊疽切除後の傷や感染創の治りが悪く、治療期間が長期に及びます。
血行障害の再発は感染壊疽を急速に悪化させて、重要骨骨髄炎〈図2〉や化膿性足関節炎〈図3〉など切断必至の合併症を発生する可能性があるため下肢救済が完全に達成されるまでは余談を許さない病状が続きます。
血管移植術(バイパス術)は血行障害に対し最も有効な治療法ですが、15%の頻度で移植した血管に異常を発生する可能性があり、バイパスの修繕手術や再手術が必要になる例があります。とはいえ下肢救済のためにはまず血行障害を改善・維持することが不可欠で、バイパス手術は、即効性、有効性、確実性などから最も信頼できる治療法です。
腎移植例の下肢閉塞性動脈硬化症
腎移植を受ける患者さんは糖尿病性腎障害が多くなっています。糖尿病ですので下肢閉塞性動脈硬化症を伴う腎移植患者さんが少なくありません。
腎移植では免疫抑制剤が継続して使用されます。ステロイドも併用される場合が多く、これらの薬剤は血管移植手術における移植血管に悪影響を及ぼす場合と良い効果を発揮する場合が考えられます。
免疫抑制剤の悪影響として観察されるのは動脈硬化病変が進行しやすい傾向にあること〈図1〉、良い点は移植血管の内膜肥厚という病変発生を抑制する効果が期待されることです1。
動脈病変が進行しやすい傾向は足趾壊疽が難治性でバイパス手術後の回復が遅れる傾向になります。一方、移植血管の異常を発生しづらくなる傾向は移植血管が長持ちすることを意味します。
いずれにしろ腎移植患者さんの足趾壊疽に対するバイパスでは特別な視点での管理が必要になることを理解する必要があります。
- Kamada K, Kokubo T, Nagita H, Namiki Y, Sasajima T. Outcomes of infrapopliteal bypass for chronic limb-threatening ischemia are worse in renal transplant patients than in hemodialysis-dependent patients. Ann Vasc Surg 2023;90:181-187
下肢救済治療実績
これまで下肢救済治療を行ってきた旭川医科大学(2001-2013)と江戸川病院血管病センター(2013-2019)の血管移植治療〈バイパス術〉実績を提示します〈図1, 2〉1。
この結果で分かるように下肢大切断は5年後でも10%程度で、透析でなければほとんど切断になることはありません。
大切断の主因は重要骨の骨髄炎や化膿性足関節炎、バイパスに用いる血管(患者さん自身の静脈)がなくなった例などです。
- Kikuchi S, Sasajima T, Inaba M, et al. Evaluation of paramalleolar and inframalleolar bypasses in dialysis- and nondialysis-dependent patients with critical limb ischemia. J Vasc Surg 2018;67:826-37
血行障害を改善させる治療
血行障害により潰瘍や壊疽がある場合は、切断を免れるためバイパス手術が必要です。
バイパス術は下肢の静脈を取り出し、これを動脈閉塞部を迂回して移植する方法です。〈「閉塞性動脈硬化症とは」参照、図4〉。
糖尿病足壊疽では膝下動脈に主病変がありますのでほとんどの例で足関節以下への血管移植術が必要になりますが、膝上・太ももにも病変がある場合には太ももやお腹の大動脈から足関節以下の動脈におよぶ長い血管移植をすることもあります。
膝から下の動脈バイパス移植する血管は患者さん自身の静脈を使用することが必須で、これに人工血管を用いた場合は、すぐつまって役立たなくなりますので決して使用すべきではありません。
バイパス術が成功すれば壊疽足は劇的によくなります。通常、潰瘍はバイパス術のみで自然によくなりますが、壊疽足趾に対しては、初回にバイパス術、二回目に壊疽部分切除術の2回の手術が必要です。
バイパス術
下肢血行障害の初期症状は歩行によりふくらはぎの痛みを発生するようになり次第に歩き続けることができなくなります。これを間欠性跛行と言い、膝から上(臍から太ももの範囲)の動脈閉塞症が原因です。
これが更に進行するとと重症虚血と言って、夜間に足趾の痛みが出てきて眠れなくなります。これはやがて趾壊疽へと進行します。重症虚血は下肢動脈のどの部位の閉塞でも発生しますが、病変は広範囲に及びます。
動脈閉塞症の治療では、バイパス術が即効性、確実性、長期耐久性、およびどの様な例にも実施できる信頼性などの点から第一選択の治療法です。
糖尿病足壊疽で血行障害を伴う場合には血管病変は主に“ふくらはぎ”から足部の細い動脈に発生します〈図1〉。これに糖尿病に特有の末梢循環障害や石灰化〈図2〉および感染抵抗性の低下と血行障害(虚血)が加わって両者の相乗効果により感染壊疽が急速に進展、拡大します。そのため下肢救済には確実な血行再建術が必須で、効果が不確実で短期で再閉塞するカテーテル治療は選択すべきでなく、バイパス術が採用されるべきです。
バイパスの実施に当たっては動脈閉塞の部位と範囲、重症度が確実に診断できるカテーテル血管造影(動脈に直接薬剤を注入)によるIADSAが必要です〈図3〉。
造影CTやMRAは低侵襲の検査ですが、糖尿病や透析例の血管では石灰化があるため病変が描出されず有用ではありません 〈図4a,b〉。糖尿病・維持透析例(膠原病関連血管炎、バージャー氏病なども)の動脈病変が膝下から足部動脈に好発することから、下肢救済のためのバイパス術はほとんどが足関節以下の動脈に行われます〈図5a,b,c〉。
バイパスのために移植される血管は、患者さん自身の下肢静脈(自家静脈)を用いられますがそれが無い場合は腕の静脈が使用されます。いずれにしろ開存性が良好な自家静脈のみが使用されるべきで、この領域で人工血管は使用すべきでありません。
バイパス手術(血管移植術)が不可能な例はありません
バイパス手術は生きている血行障害の組織、足、趾を救済します。広範壊疽で、足の半分以上が壊死になっていても踵が死んでいなければそこまで救済できますので、義足なしで自力歩行が可能です。同じ一回の手術ならば元通りに歩けるようになる治療を選択すべきです。バイパス術は無論、既に壊疽に陥って黒くなった組織は助けられませんし、広範囲の壊疽では、壊疽を除いた部分を閉鎖する2~3回の手術も必要です。傷がふさがって靴が履けるようになるまでは2〜6か月を要しますが、足が治って両足で立った時、その苦労の甲斐を実感することができるでしょう。
手術前の必要な検査
心臓の働きや心臓弁疾患の有無を調べるため心臓超音波検査が必要です。下肢に閉塞性動脈硬化症(粥状硬化症による動脈閉塞症)があると、およそ50%の患者さんで心臓の動脈(心臓を栄養する冠動脈という太さ2〜3mmの血管)にも同様の閉塞病変が発生し、狭心症や心筋梗塞の原因となります。そのため心臓の働きが低下している患者さんでは冠動脈造影検査が行われる場合があります。足が腐り初めて急速に悪化している場合は、足が手遅れになるのでこれらを省いて緊急的に下肢救済のためのバイパス手術を行うこともあります。当然、心臓や脳に動脈狭窄病変が隠れている可能性があり〈図29, 図30a,b,c〉、手術の危険性は増しますが、前述のとおり足の救済が不可能になったらもっと悲惨な状況が待ち受けていることを理解する必要があります。
手術の効果
血行障害のある足趾壊疽に対するバイパス手術は即効性、確実性、耐久性の点で他のどの治療法よりも劇的な効果を発揮します。糖尿病性閉塞性動脈硬化症250人にこのようなバイパス術を行い、5年後の移植血管の開存率は85%、下肢の救済率は90%です。糖尿病の閉塞性動脈硬化症に対するバイパス結果は無い患者さんに比べて少しよくありません。これは、糖尿病では、動脈硬化が進行しやすく、それに対する追加手術が行われたことによります。動脈閉塞症や足趾壊疽は血糖のコントロールが悪い人や運動療法をしない方に起こりやすいことは明らかですので、その意味でも適切なバイパス術を受けて下肢の運動機能をより早く、健康にして、快適な日常生活を取り戻すことが大切です。
カテーテル治療(血管内治療 EVT)
カテーテル治療とは血管内治療(Endovascular therapy: EVT)といわれ、血管を切開することなく針を刺し、そこからカテーテル(プラスチック製の細い管)を血管内に挿入し、カテーテルの先に付いている特殊なプラスチック製の風船で狭くなった部分を高圧で押し広げる方法です。
簡単な治療なので患者さんの体への負担は小さいのですが、血管を無理に押し広げるため血管が広がると同時に血管の壁が高度に傷害されます。血管の壁、特に内膜(壁の内側)に裂け目ができるかはがれてきます。それにより足部は血流が少ないので急性血栓症により重症血行障害を発生する危険性があります。〈図1a,b,c,d〉にカテーテル治療後の血管傷害により救済に難渋した例や救済不可能となった例を提示します。
早期に異常を発生せず血行障害が改善に向かったとしてもそれは一時的で長期的には異常を発生します。傷害を受けた血管壁の細胞は長期的に死滅します。“徹底的に血管を広げました”と言う医師がいますが、それは“徹底的に血管を傷害しました”ということですので、その後に起こってくる生体反応が重大な問題を引き起こすことを知るべきです。
傷害された血管は修復しようと反応をはじめます。内面に平滑な膜が形成されますが、問題はこの膜が一定で治まらずに厚さを増し続け(内膜肥厚といい、血管内側の壁が厚くなってくる生体反応)、内腔が再び狭くなってきます。これが再狭窄といわれる合併症で放置されると血管は再狭窄・再閉塞を発生すると同時に壊疽は悪化します。
この反応は1~数か月の間に発生し、全く治療前の状態に戻ってしまい、その過程で壊疽は一層拡大します〈図2a,b〉。
この現象は細い血管ほど影響を受けやすく、膝下の細い血管に病変が発生する糖尿病では繰り返しEVTが行われるわけです。また糖尿病にみられる動脈の石灰化は十分に拡張が得られず狭窄部が遺残するため効果が不十分となり潰瘍や壊疽切除創の治りが良くないという結果になります。
これらの理由によりEVTは治療が簡単で、臍から太ももの太い血管には有効ですが、細い血管や石灰化した血管には効果が不確実で長持ちしないため、糖尿病・バージャー氏病・膠原病関連血管炎などの患者さんには閉塞リスクが高く行うべきではありません。
カテーテル治療とバイパス手術の治療効果の比較
下肢動脈閉塞症に対するバイパス手術は半世紀以上の歴史があり
大動脈から大腿動脈閉塞では人工血管、膝下から足部動脈閉塞には静脈血管移植により下肢救済が行われてきました。
バルーンによる血管を拡張させるカテーテル治療は、1970年以降に導入され
初期は太い動脈に適用され、2000年以降徐々に膝下血管にも適用されるようになりました。
人工血管同様大血流が流れる太い血管では治療結果が良いですが、膝下血管では再閉塞率が高く、
ここに来て漸くバイパスがカテーテル治療よりも治療効果が優れていると言う結果が欧米の研究で報告されています1 2 3。
バイパス術はカテーテル治療に比べあらゆる例に実施可能で
効果の確実性、即効性、耐久性のいずれにおいても優れています。
膝下血管病変に対するバイパスとカテーテル治療の優劣に関し米国では10年以上前から臨床比較試験が行われ、2022.11に待望の結果が公表されました1。
足関節以上の切断、再血行再建術(再バイパス, グラフト修復術, 血栓摘除, 溶解療法)、死亡の発生はバイパス群 42.6% vs.カテーテル治療群 57.4%で、バイパス手術の方が有意に優れていることが証明されました(HR, 0.68; 95% CI, 0.59-0.79; P<0.001)1。
この結果について Dr. Menard は欧州血管外科学会誌の論説で「バイパス術は合併症の防止、再手術の防止、下肢救済の点でカテーテル治療より有意に有効であり、従って下肢救済のためのカテーテル治療第一選択主義あるいはカテーテル治療だけの治療方針をとることは誤った考え方であり、最早次の治療体系に移行する時である」と述べています2。
- Farber A, Menard MT, Conte MS, Kaufman JA, Powell RJ,Choudhry NK, et al. Surgery or endovascular therapy for chronic limb-threatening ischemia. N Engl J Med 2022;387:2305e16.
- Menard MT. Editorial: The BEST-CLI Trial: Implications of the Primary Results. Eur J Vasc Endovasc Surg 2023;65:317-319
- Editor's Choice - Infra-inguinal Endovascular Revascularisation and Bypass Surgery for Chronic Limb Threatening Ischaemia: a Retrospective European Multicentre Cohort Study with Propensity Score Matching. Ricco, Roiger RJ, Schneider F. Eur J Vasc Endovasc Surg (2023) 66, 531e540
カテーテル治療の問題点
残念ながら尚不適切で無用なカテーテル治療が行われ、切断の必要がないはずの患者さんが大切断を受け、無用な医療費が消費されている現状は現代医療の大きな汚点であると考えます。
上記の研究成果を踏まえてカテーテル治療が適正に行われるようになることを念願する次第です。