急性動脈閉塞症 Acute Arterial Occlusion

病気の概要

バージャー氏病(Buerger氏病、ビュルガー氏病、ビュルゲル氏病などと呼ばれる)は、
血管の炎症(血管炎)により主に手・腕・足・下肢の動脈をつまらせて虚血(血行障害)を起こす病気で、
30〜40才代のアジア人(日本、韓国、中国、東南アジア、インド、トルコ、アラビア、東欧など)の
主に男性に好発します。女性の発生は5%です。

たばこは発病や病状の悪化と極めて密接に関係しています。喫煙歴のない人も発病しますが、その多くは受動喫煙(喫煙者のはく煙を吸う)が原因と考えられています。
バージャー氏病と診断され、禁煙すると、病状は急速に回復に向かいます。従ってバージャー氏病では、治療を開始する前にまず禁煙することが必須です。
禁煙しても血管閉塞はそのまま残ります。禁煙を維持できれば新しい血管が形成され(側副血行路)虚血症状は改善しますが、それでもなお虚血症状があり、薬でよくならず完全に回復を望まれる場合には、血管移植手術が必要です。
手術後は血行障害が完全に改善し快適になりますが、問題は良くなると喫煙を再開する患者さんが50%にも及ぶことです。
喫煙はあらゆる治療が無効にしますので、禁煙ができない患者さんはすべての治療の対象となりません。
このような患者さんは、最終的に下肢の膝上切断や手指の切断となり、また少数例では、脳動脈閉塞や心筋梗塞で死亡する場合もあります。
本邦では厚生省の難病の指定を受けていますので、バージャー氏病と診断され、難病認定を受けるとバージャー氏病に関する限り医療費は各都道府県で負担されます。

診断

30〜40才代のアジア人の主に男性で、たばこを20本/日以上を吸い、指や趾(足のゆび)の冷感、疼痛、潰瘍、壊疽などが出現した場合〈図1 a,b,c〉、“ふくらはぎ”や足の裏の間欠性跛行がある場合などはバージャー氏病(Buerger's disease, TAO, 閉塞性血栓血管炎)が疑われます。

血行障害の検査と最終的には動脈造影検査が必須です。動脈造影ではバージャー氏病に特徴的ないくつかの所見(途絶閉塞、木の根型閉塞 treeroot、橋渡し血行路 bridging、コルク栓抜き状血行路 corkscrewなど)が認められます〈図2〉。また遊走性静脈炎という腕や足の皮下静脈の炎症も特徴的で、治癒後は血管に沿って黒く色素沈着を残します。

バージャー氏病は上肢あるいは下肢動脈に血管炎が起こり急性血栓症を合併して下肢または上肢あるいは四肢の血行障害を発症します。原因は不明ですが、喫煙の継続が発症に関与していることは間違いありません。

バージャー氏病の難病申請

バージャー氏病は厚労省で難病に指定されています。
専門医が診察し、バージャー氏病と診断された場合には、医師は種々の必要検査結果を添えて
都道府県のバージャー氏病認定審査委員会に認定申請をおこないます。
専門医が審査し認定されると認定手帳が発行され、患者さんに送られてきます。
年1回の更新手続きが必要で、認定を受けた病院を受診して診断書類を発行してもらいます。
糖尿病や高血圧など動脈硬化を疑わせる合併症があるときはバージャー氏病の診断はできません。

バージャー氏病の自然経過・予後

バージャー氏病の病期は3期に分けられます〈図3〉。
発症早期は急性期と言い、指趾潰瘍・壊疽では高度の疼痛を来たし夜間不眠となり消耗します。
バージャー氏病と診断されて禁煙すると血栓症は自己線溶活性により血栓が溶かされ閉塞した血管が再開通します。これにより血行障害は改善し、疼痛は緩和されます。この時期を中間期と言い、発症から2~4週後におとずれます。
さらに禁煙が守られ血管病変が回復に向かうと血行は安定して症状は軽減し固定されます。下肢では通常間欠性跛行が残りますが、安静時疼痛はなくなり、潰瘍は治癒に向かいます。この時期を慢性期と言い、数ヶ月を要しますが、慢性期の潰瘍が自然治癒するかどうかは動脈閉塞症の重症度によります。
潰瘍が完全に治癒した後、喫煙を再開すると潰瘍は再発します。禁煙と喫煙を繰り返す患者さんは潰瘍の治癒と再発を繰り返し足趾が一本ずつなくなり、最後には“だるまさん“のようになります〈図4〉。手の指も同じで短くなって行きます。

バージャー氏病の足を切断から救うバイパス手術

バイパス手術の対象

禁煙を守る限りバージャー氏病、すなわち血行障害が再び悪化することはありません。
しかし閉塞した動脈が再び開くことはありませんので、側副血行路の発達により血行障害の改善はあるとしても、手の動脈閉塞では冷感、足では間欠性跛行という症状が残ります。
間欠性跛行とは一定距離を歩くとふくらはぎや足のうらの痛みがでて歩けなくなり、立ち止まって休むとまた歩けることを繰り返す症状ですが、急ぎ足や階段の登りはさらに困難になります。バージャー氏病の患者さんは働き盛りの年齢層の男性ですので、日常生活や仕事上の大きな障碍となります。
血管拡張薬が有効な場合もありますが(有効率30%以下)、多くは無効で、間欠性跛行を治すにはバイパス手術が必要です。また潰瘍は痛みがなくなっても完治せず難治性のまま経過する場合もあります。
禁煙しているのになかなか痛みがひかずに夜間不眠に陥っている場合や、治るまでに長期間を要すると考えられる足趾の大きな潰瘍などは、血行障害を改善させるため、やはりバイパス手術が必要です。

手術前の準備

バージャー氏病の急性期は血栓症により下肢虚血は高度です。高度の疼痛を伴い壊疽の進行などがありますので血管移植手術〈バイパス術〉を急いで実施したいところですが、血管造影上、移植可能な血管がまったく描出されないことがしばしばあります。
これはバージャー氏病特有の現象で、移植可能な血管が消失したわけではありません。禁煙を行い2~3週間待つことにより血管造影で移植可能な血管が描出されるようになります。
これは自己線溶活性により急性血栓症の血栓が溶解して閉塞した血管が再疎通し、それに伴って描出されなかった血管が描出されるようになります。この時期になると疼痛も相当に軽減されてきます。この時期まで疼痛コントロールをしながら待つことがバージャー氏病の急性期における重要な治療方針となります。

バイパス手術法

バイパス手術はバージャー氏病の場合、主に膝下~足部動脈病変による足の血行障害が対象となり、下肢の皮下の静脈を取り出して動脈に移植し下肢に血液が流れるようにする手術です。
バージャー氏病に対するバイパス術で難しい点は、この病気の場合、血管移植をする動脈が痙攣を起こして極めて細くなること、血栓症を繰り返して炎症を伴っている動脈が混在しているため誤ってその部位に血管移植を行うこと、またバイパス移植に用いる足(または上肢)の静脈が静脈炎を起こしていて手術に使えない場合があることなどです。その場合は上肢や足の炎症の無い静脈を数本つなぎ合わせて移植しますが、手術は一層難しくなります。

バイパス移植する動脈は主に下腿動脈(膝下動脈図5)から足背(足の甲)や足底(足の裏)の動脈〈図6〉1に及びますが、病変が高度に進行して本来の動脈がわずかにしか残っていない例でもそれへのバイパスが可能です〈図7〉。いずれにおいてもバイパス術が成功すれば潰瘍の痛みは直ちに消失し、潰瘍は急速に治癒します(図8)。また大きな潰瘍は植皮を併用することで短期間で治ります。

バイパスが再閉塞する原因は手術技術が適切でない場合、バイパスに用いる静脈グラフトの質が悪い場合、手術後に再び喫煙を始めることなどですが、喫煙再開がバイパス閉塞の最大の原因です〈図9〉。手術を成功させ、移植した血管を長持ちさせる唯一の条件はたばこをやめることです。手術後は外来で3ヶ月に一度、経過をみてゆきますが、その際には必ず一酸化炭素ヘモグロビンを調べ禁煙されていることを確認します。
これらすべてを克服できれば、バイパスは20年間保証できます2

  • Sasajima T, Kubo Y, Izumi Y, Inaba M, Goh K. Plantar or Dorsalis pedis artery bypass in Buerger's disease. Ann Vasc Surg 1994;8:248-57
  • Sasajima T, Kubo Y, Inaba K, et al.: Role of Infrainguinal bypass in Buerger's disease: An eightenn-year experience. Eur J Vasc Endovasc Surg 1997;13:186-92.

バージャー氏病における禁煙の重要性

動脈硬化や肺癌、食道癌など喫煙の悪害は色々な病気でいわれています。
しかしバージャー氏病ほど喫煙の影響を直接強く受ける病気はありません。
血管炎による病状の悪化と喫煙は極めて密接に関連しているため、治療開始前には必ず喫煙の有無を調べます。
静脈血の一酸化炭素ヘモグロビン濃度を測定することで禁煙と喫煙の状態が分かります。
1%以上ならば喫煙ありで、2%以上では20本/日の喫煙者です。
一本のたばこは約20分間血管を収縮させ、喫煙により血栓症が広がり血行障害は悪化します。
これを知らないバージャー氏病の患者さんは痛みを紛らわすためたばこを吸うといいますが、
ますます痛みが増強し、切断も受け入れるようになります。一方、禁煙ができればあらゆる治療が効果を発揮します。

バージャー氏病と喫煙との関係が明らかになり、禁煙すれば病状は悪化しないということが分かってきました。
20年以上前では患者さんの喫煙をそれほど厳密に監視しなかったため悪化して切断を要する患者さんが少なくありませんでしたが、近年の医療において禁煙している患者さんが大切断になることは決してありません。
逆に言うと、悪化したら喫煙していると見なしますが、稀には他人のたばこの煙を吸う環境に働いているため病状の悪化した患者さんもいます。