胸郭出口症候群

病気の概要

頸部の筋肉群(前、中斜角筋)と第一肋骨の3角形の隙間を腕に向かう神経や血管が出て来ます。上肢を挙げたり伸ばしたりした時、この隙間で神経や血管が圧迫されて腕のしびれ感、倦怠感や脱力感、肩、背中、腕、後頭部の痛みなどを訴える病気です。神経を主に圧迫される場合(神経性胸郭出口症候群nTOS)と動脈(動脈性胸郭出口症候群aTOS)や静脈(静脈性胸郭出口症候群vTOS)が主に圧迫される場合があり、頻度は神経性が90%以上で最も多く、静脈性は5%、動脈性は5%以下で最も少ない病型です。一般に、本疾患は動脈が圧迫される病気と考えていますが、間違いです。最も多いnTOSについて述べると、20~40代(平均36才)、3:1で女性に多い。いずれも第一肋骨と斜角筋群を切除することにより改善しますが、神経の圧迫が頸の近くで圧迫されている場合(高位)と首の下の方(下位)で圧迫されている場合があり、手術の前には、その診断を明確にする必要があります。圧迫は斜角筋の間隙が生まれつき狭いということ以外に、生まれつき骨、筋肉、靱帯などに異常がある場合、それらが発病の原因になります。特に頚助(図1-a)や第一肋骨形成異常 (図1-b)などは主要な原因です。

診 断

神経性胸郭出口症候群(nTOS)も動脈性胸郭出口症候群(aTOS)も腕を上方に上げると手がしびれます。
nTOS(90%)では、腕の運動に関わらず、いつも肩、上腕,首、背中などにだるさや痺れを感じており、(首の)頸動脈の外側に沿って圧痛があり、また肩甲骨内側や後頭部の痛みを訴える。手のしびれや痛みは、腕を外側に上げると強くなる。手指のしびれは小指側から指全体まで様々である。手に力が入らず(握力の低下)持っている物を落としてしまうことがある。
aTOS(5%以下)では手を上げると蒼白になり手首での 脈が触れなくなる。手を下げると蒼白(図2-a)から発赤に変わり数分で元に戻る(図2-b)。動脈造影では動脈の圧迫像が写し出される(図2-c)。しかしこの動脈圧迫像は軽度の圧迫も含めると正常でも約半数の人でみられることから動脈造影による圧迫像の検出は意味を持ちません。胸郭出口症候群=動脈圧迫と多くの医師に誤解され、診断のため動脈造影検査が行われていますが、これは大きな間違いで、nTOSでは意味がなく、不要な検査です。
aTOSの診断には、上肢挙上による上記のような明確な手指虚血所見があり、鎖骨下動脈瘤や動脈内膜肥厚による狭窄が発生することから手術が必須であり、aTOSの場合は手術方法を決めるために動脈造影が必要です。動脈瘤は内部に血の塊(血栓)を形成して(図3)、それによる手指の塞栓症を起し、手指が壊疽になりますので(図4)、それが発生する前に手術が必須です。
vTOS(5%)は通常、自覚症状はなく、上肢の腫脹(紫色のはれ、むくみ)が突然発生します。vTOSは昔、原因不明の上肢静脈急性血栓症とされていたパジェットシュレッター症候群 Paget-Schrotter syndromeの原因と考えられるようになっています。

治 療

神経性胸郭出口症候群nTOSが最も多いのでそれを中心に解説します。

保存的治療(リハビリテーション)

前斜角筋、中斜角筋、および第一肋骨より形成される三角間隙(scalenetriangle)という部分を広げるような運動をします。軽症例では有効ですが、重症な場合にはほとんど効果がありません。 要点は、

  • 背骨をまっすぐに伸ばす習慣をつける(姿勢を良くする)
  • 腹式呼吸の練習をする
  • 坐位で肩を挙上する運動
  • 肩を挙げ、腕を曲げて前方に張り出す
  • 肘を曲げて腕を胸に置く
  • 坐位で頭を後から押してもらいそれに抗して後屈する運動
  • 仰向けになる頭を持ち上げる運動を繰り返す
  • 重いものを持ったら肘を曲げ、腕を胸の前に組んで休める
  • 腕を下に下げてものを持たない

など多数あります。

神経性胸郭出口症候群(nTOS)の手術治療

重症例が主な対象です。神経症状により日常生活や仕事に深刻な支障が出ている患者さんが手術を希望されます。男女ともに仕事を継続できないことが手術を希望される最大の動機になっています。手術法には、1) 前斜角筋切断、2) 第一肋骨亜全切除(図5-a)、3) 第一肋骨亜全切除+前・中斜角筋切離、4) 小胸筋切離などがあります。この内1)は手術が容易ですが、有効率が低く(70%)、再発率(10~30%)が高いという欠点があります。第一肋骨を2~4cm長部分切除する方法は日本で行われているようですが(図5-b)、国際的にはあり得ない方法で、推奨できません。この再発例に対する再手術はしばしば経験されますが、遺残した肋骨が神経に癒着して再発した例や切除肋骨部が硬い結合織で再結合して切除の意味をなさなくなって再発した例などがあります。
切開法には腋窩(脇の下)を横に切って脇の下からのぞきこむように第一肋骨を切除する方法と鎖骨上を鎖骨に平行に切開して第一肋骨を切除する方法があります。前者は第一肋骨切除には有利ですが、神経叢を圧迫する異常組織(靱帯、線維束、血管など)の検索ができない欠点があります。有効率、再発防止の点から3)が最良で、鎖骨の2cm上を横に6〜8cm切開する鎖骨上切開法が国際的に推奨されています(図6)。手術では、第一肋骨が神経叢に接触しないように十分切除すること、前・中斜角筋を切離すること、さらに異常線維、血管などの神経叢への介在があればそれらを切除、切離する方法が推奨されています(図7)。以上から3) が最も確実な手術法ですが、この方法の欠点は手術が難しいことです。

小胸筋腱切離

腋窩前方で小胸筋に圧痛がある場合は,鎖骨上切開法による根治手術に加えて、小胸筋腱切離を追加する必要がある。大胸筋外縁に約5cmの縦切開を加えて小胸筋腱付着部を切断します。これにより腕神経叢の緊張が一層緩和され劇的な効果を生む例が少なくありません。

手術の合併症にはどんなものがあるか?

腕の神経が障害される可能性はほとんどないが、横隔膜神経、長胸神経、星状神経節などの障害、肺(胸膜)の損傷、リンパ管の傷害によるリンパ液の漏出などがあります。横隔膜神経障害は労作時、走行時の呼吸困難を来すために、症状の強い方は胸を開けて横隔膜の縫縮手術が必要です。長胸神経障害では肩甲骨が浮かび上がることがあります。星状神経節障害では上眼瞼下垂、縮瞳、羞明感(まぶしい)、結膜乾燥、顔・上肢の発汗異常などが起こりますが、この場合には、これらの症状に慣れてしまう以外治療はありません。肺(胸膜)の損傷は胸膜のみならば、手術中に胸から空気を除いてそのままで問題ありません。肺にも損傷が加わった場合には、胸に管を入れる必要があり、それにより数日間で治ります。いずれも日常生活には問題を生じません。

動脈性胸郭出口症候群(aTOS)の手術治療

aTOSの治療はnTOSの合併症状がない限り自覚症状を訴えることはありません。aTOS自体の診断は鎖骨下動脈狭窄・閉塞による上肢虚血症状(図2)や鎖骨下動脈瘤が塞栓源となる上肢や手の動脈塞栓症(図3,4)に伴って発見されます。上肢の急性動脈閉塞症を発症したり(図8)、稀には鎖骨下動脈瘤からの椎骨動脈塞栓症として発症する場合もあります。外科治療ではまず鎖骨下動脈瘤や狭窄閉塞に対する鎖骨下動脈置換術や鎖骨下動脈-上肢動脈バイパス術(血管移植術)による血行再建が行われ、さらにnTOSの併発を防止するためnTOSの根治手術(前述)も合わせて行います。そのためaTOSの手術は長時間を要します。

手術の説明と承諾書

手術は重要な神経が交錯する中での手技となるため様々な合併症の発生が報告されており、手術ではその発生を完全に防止しうるとは限らないため手術を受けられる患者さんにはその危険性や可能性を承諾していただく必要があります。当センターで使用している実際の手術説明書と承諾書を以下に提示します。

江戸川病院血管病センター胸郭出口症候群手術承諾書 ver.5

手術後の経過

手術により全ての神経症状が消失する訳ではありません。最もつらい症状が消失したかどうかが最も重要で、様々な手指~上肢の運動で、日常生活上、50%位しかできなかったことが、個人差はありますが、85%以上できるようになることを目標としています。実際的には、日常生活に支障がなく、仕事に復帰できるようになることが条件です。手術後は何らかの症状が遺残する場合は2年まで半年ごと外来で経過をみますが、さらに5年後まで症状の調査をします。

参考論文

  • Sanders RJ: Vasvular Surgery. 7th ed. Rutherford RB ed. WB Saunders Co. Philadelphia. Pp1865-77,2010
  • Stoney RJ, Cheng S: Neurothoracic outlet syndrome. Vasvular Surgery. 4th ed. Rutherford RB ed. WB Saunders Co. Philadelphia. Pp976-992,1995
  • Roos DB: The place for scalenectomy and first-rib resection in thoracic outlet syndrome. Surg 1982;92:1077-1085
  • Hurlbert SN, Rutherford RV: Subclavian-axillary vein thrombosis. Vasvular Surgery. 5th ed. Rutherford RB ed. WB Saunders Co. Philadelphia. Pp1087-1093, 2000
  • Makhoul RG, Machleder HI: Developmental anomalies at the thoracic outlet: An analysis of 200 consecutive cases. J Vasc Surg 1992;16:534-545