糖尿病足壊疽

病気の概要

糖尿病で下肢の動脈閉塞を起こしてくる例を、糖尿病性閉塞性動脈硬化症といい、糖尿病が無い場合の閉塞性動脈硬化症とは色々な点で相違があり、重症です。
糖尿病性閉塞性動脈硬化症は、血行障害と感染による壊疽が急速に進むため手遅れになって下肢の切断に至る可能性が高くなります。糖尿病性閉塞性動脈硬化症はなぜ重症かというと次のような3つの大きな原因があるからです。

  1. 下腿動脈(膝から下の動脈)の多発分節性狭窄、閉塞(図1-c, 図25)
  2. 下腿動脈—足部動脈の石灰化(血管にカルシウムがたまって”石”になります)による血行障害(図26)
  3. 毛細血管の血行障害(神経障害による血管反射の障害による)(図27)
  4. 糖尿病足は感染し易い(バイ菌に対する抵抗力がない)

これら1~3が合わさるため血行障害は重症で、足が壊疽を起こしやすい病態を持っています。(図28-a:初診時, b:6日後)さらに4として、バイ菌が侵入して感染しやすく、バイ菌の毒素によっても壊疽が発生します。
糖尿病足壊疽では、虚血と感染の両方で壊疽が進行します。血行障害がなくとも感染だけで壊疽が進行しますが、また血行障害が極めて軽度でも感染が加われば壊疽はどんどん進行します。つまり壊疽は血行障害と感染のかけ算で重症化します。そのため治療方針の決定は大変難しく、適切な治療が行われないとすぐ手遅れになって膝下や膝上での切断が必要になります。

診 断

糖尿病がある方で足趾が腐ったり(壊疽)、潰瘍ができて1か月以上も治らない方は、専門的な診察が必要です。まず感染の有無(菌の種類)、血行障害の有無を診断します。感染診断は菌の種類を特定することが重要で、血行障害の診断では皮膚潅流圧という検査と動脈造影検査が必要です。足の血圧測定で低ければ動脈が閉塞していますが、糖尿病では軽度の低下でも安心はできません。また逆に高すぎるのは動脈が石の管になっているためで血圧が本当に高いわけではありません。このような場合は動脈造影検査が必要な訳です。動脈造影により下腿動脈の多発分節性狭窄病変(図1-c, 図25,図28-c)があれば診断がつきます。壊疽はなくとも間欠性跛行のある場合もやはり造影検査が必要です。

治療を始める前の全身検査

足の壊疽は下肢の動脈硬化が原因ですので、下肢以外の動脈にも同様の病変が発生します。脳血管と心臓の血管(冠動脈)は好発部位で、足壊疽の患者さんでは特に50%以上の患者さんで冠動脈に病変を隠し持っていますし、25%の患者さんは脳血管に狭いところがあります。そのため足の治療ばかり考えていると心筋梗塞や脳梗塞で急死することがありえます。そのため足の手術の前には少なくともすぐ治療が可能な心臓の検査が必須なわけです。足壊疽で救済治療を始める前には、脳の動脈や首の動脈(頸動脈)の検査、心臓に狭心症が隠れていないかどうかなどを調べます。足が腐り初めて急速に悪化している場合は、手遅れになるのでこれらの術前検査を省く場合もありますが、心臓や脳に動脈狭窄病変が隠れている場合があり(図29, 図30-a:頸動脈狭窄, b:それに対する形成手術, c:脳動脈の狭窄病変)、手術の危険性は増します。心臓の血管病変が危険な状態の場合は心臓のカテーテル治療を先に行います。

治療の原則

潰瘍や壊疽がある場合は、切断を免れるためバイパス手術が必要です。バイパス術は下肢内側の皮下を長く走っている静脈(大伏在静脈)を取り出して、大腿動脈から足の裏や足の甲の動脈におよぶ長いバイパス血管移植をする必要があります(閉塞性動脈硬化症の項参照、図9-c, 図28-d)。これよりも短く、膝までのバイパスでは、効果が無く、一旦よくなっても2〜3年で再発し、バイパスは役立たなくなります(図31:膝下までのバイパス(→)の後、3年でふくらはぎの血管が閉塞し足壊疽発生)。このバイパスに人工血管を用いた場合は、すぐにつまって役立たなくなりますので使用しないのが原則です(この領域の人工血管の5年開存率は平均15%しかなく、極めて不良です)。バイパス術が成功すれば壊疽足は劇的によくなります。通常、潰瘍はバイパス術のみで自然によくなりますが、壊疽足に対しては、バイパス術と同時に壊疽切除術を行い、範囲が広い場合には2回目の手術として、皮膚移植が必要です(図28-e, f)。足が腐っていて急いでバイパスをしなければ大切断になりそうな場合で、心臓にも冠動脈狭窄病変がある場合には、心臓と足のバイパス手術を同時に行うことがあります(図32)。

足壊疽に対する下肢救済手術の手順

糖尿病性壊疽に対する下肢救済治療は3段階の手順を踏む必要があります:1)バイパス術と壊疽切除、2)バイパス術後、壊疽切除断端の浄化、感染抑制、デブリドマン(死んだ組織の切除)などによる創治療、3)浄化された創に対する遊離植皮や遊離筋皮弁による断端閉鎖(形成)が必要です。

第1段階バイパスと壊疽切除

下肢動脈血行再建はバイパス術が標準手術で、骨盤型ではポリエステル(ダクロン®)人工血管による大動脈−大腿動脈バイパス、大腿・下腿型では、自家大伏在静脈を第一選択代用血管として大腿または膝窩動脈ー末梢動脈バイパスが行われます。足関節より中枢へ感染や壊疽が進展していない限りバイパスする動脈が見当たらないということはなく、バイパス不可能例は基本的に存在しません。糖尿病では多くの場合、足関節以下の足背または足底動脈バイパスが必要となり(図9-c, 図19-b,e, 図28-d)、バイパスに用いる静脈(グラフト)長が不足な場合には小伏在静脈(ふくらはぎの後面を縦に走る静脈)や上肢(腕)静脈も連結して使用します。バイパスが完了したら、壊死に陥った足趾は切断が必要となりますが、この時点では可逆的組織(生きている組織)はすべて残します。

第2段階バイパス後壊疽切除創の管理

バイパス術後は足肢が急速に浮腫(むくみ)を発生し、バイパス後は急速に下肢浮腫が増強し、感染が拡大し易くなります。それにより血管移植手術が成功したにもかかわらず蜂窩織炎や骨髄炎から切断に至る可能性があります。このような感染が実は切断に至る最大の原因となっています。
壊疽足はほとんどの例でMRSAやセラチアなど強毒菌による感染を伴っているので頻繁に壊疽切除を繰り返し創洗浄、抗菌軟膏処置などを行い壊疽切除後の創浄化をはかり、蜂窩織炎と骨髄炎の防止に努めます。骨髄炎はMRI(核磁気共鳴診断法)による早期診断が必須で(図33)、足根骨骨髄炎が明らかな場合は透析例ならば躊躇することなく感染骨摘除を行います。
ある程度感染が抑制されたなら持続陰圧吸引療法(vacuum assisted closure(VAC)、NPWT (negative pressure wound therapy:(図34-a)開放創をスポンジで覆い、吸引チューブを差し込んで接着フィルムで完全密閉し、120mmHgの陰圧で3−4日間吸引する方法)、を開始します。感染が抑制された後、滲出液の多い創に有効で、肉芽形成を促進します(図34-b)。しかし維持透析例は肉芽形成が遅れ、非透析糖尿病例の2倍を要します(維持透析例の項参照)。良好な肉芽の形成が得られたら皮膚移植を行います。
さらに壊疽が広範で骨が露出してそのままでは切断せざるを得ない状態の場合には遊離筋皮弁移植といって、背中やお腹の筋肉と皮膚を持ってきて創を覆う手術を行います。これにより通常では切断になる例でも、踵や足の半分を救済して義足なしで歩くことができる様になります。(次項参照)

第3段階組織補填による足部断端形成

第1、2趾は歩行の踏み出し、5趾は起立時バランスの機能を担っているので(足を切断から救う項;図51-a, b参照)、可能が限り趾を救済します。血行再建後は広範潰瘍には遊離植皮により治療期間を短縮します(図11-a,b,c, 図12-a,b, 図13-a,b, 図28-e,f)。
また踵の温存は重要で、組織補填、とりわけ筋皮弁を用いる壊死組織切断端の形成手術が併用され、これは全足壊疽例の6%に実施しています(図15-a,b,c, 図16-a,b, 図17-a,b,c)。

治療効果

糖尿病性閉塞性動脈硬化症100人にこのようなバイパス術を行い、移植した血管の5年開存率は85%です。
糖尿病の無い閉塞性動脈硬化症に対するバイパス(92%)に比べて少し結果がよくありませんが、これは、糖尿病のある方では、動脈硬化が進行しやすく、それに対する追加手術が行われることによります。血糖のコントロールが悪い人や運動療法をしない方に起こりやすいことは明らかですので、その意味でも適切なバイパス術を受けて下肢の運動機能をより早く、健康にして、快適な日常生活を取り戻すことが大切です。